音響表現
音響表現:General Acoustic? Sound Expression? Performing Arts? Sound Arts? どれも正解。

音による表現、あるいは音楽による表現の歴史は非常に長い。

エジプトにギザの大ピラミッドが立った頃、今から約4500年前、日本はまだ縄文土器時代中期だった。ピラミッド内部に残された絵や出土品からは当時すでにいくつかの楽器が演奏されていた事がわかる。アフリカにおける打楽器もコミュニケーション手段として長い歴史が知られている。鍵盤楽器ではオルガンが最も古く、最古のオルガンの記録は、紀元前3世紀にエジプトで発明された水力オルガン (Hydraulis:複数の笛を束ねて吹くもので、中国や日本などの「笙」に似た構造)、チェンバロは14世紀〜17世紀、その後ピアノが誕生し、現代のピアノの原形が出来たのは19世紀初頭。クラシック楽器として長い歴史を誇るストラディバリやガルネリなどのビンテージバイオリンは未だ名器として現存しているがこれらは約250年前の作品だ。

これら、現存している楽器以外にも表現は多才で音、音楽、楽音、声、騒音、無音など、さまざまな表現が試みられた。地域によりさまざまな表現があり、昨今一般的な12音階の平均率による音楽や別の調整、あるいは自由無調音楽、前衛、実験音楽とか環境音楽に分類されるものもある。

19世紀〜20世紀初頭にヨーロッパで登場した本格的なコンサートホールではオーケストラだけではなく大型のオルガン(今で言うパイプオルガン)を設置したホールも少なからずあった。

一方、音を録音、再生して聴く、あるいは表現する事が可能になってからはまだ100年ちょっと、電気的に録音、再生が可能になってから僅か80年しかたっていない。「最先端のデジタルテクノロジー」も30年程度の歴史しかない。最近のポップスやロックのコンサートで見られるような音と映像をシンクロさせた表現、あるいはさらにムービングライトなどを駆使したステージ表現はたかだかここ10年の新しい表現手法だ。

今現在「最先端のテクノロジー」による表現も10年後、20年後には「過去の稚拙な表現例」に分類されているかもしれない。 

音響表現について学ぶにはさまざまなアプローチがある。ネット上で検索すると、「音楽史上の様々な様式の楽曲を分析し、使われている作曲技法を学ぶ」とか、「現在における音響表現上の基本となる知識や技術を身につけ、より独創的な表現力を学ぶ」、「人間の聴覚と発声に学んだ音響表現」、「〈音響学〉音と響き。音の共振、共鳴のハーモニクス原理、音の波動物理を検証しながら、表現の力学を探る」、エレクトロニクスやコンピュータを用いた音響表現」、「生活環境に溶け込んでいる音景観(サウンドスケープ)」「成功した映画作品における音響表現と音響演出」、「数多くの音を同時的に重ね合わせていくことによって得られる音楽的な手法による作品作成、及び音を音響表現を行うための素材として扱い、「音楽」の枠に囚われない音響表現の方法論の習得」、『立体音響』、など、さまざまなキーワードが見てとれる。

現在、今現在得られる「最先端のテクノロジー」を用いて十二分に想像力を刺激する音響表現手法を学ぶ事は非常に重要だ。どんなに内容の良いコンテンツであっても、それを表現する映像や音声の質が低いと実際の評価も、また得られる感動も低くなりがちだ。

人間はある程度現状に満足すると格段に良い物に出会うまで、価値観がアップしない事が多々ある。たとえば映像の世界、昨今、地上波デジタルやプラズマディスプレー、大型液晶の広がりにより、ハイビジョン映像を見る機会も多くなったが、従来の映像に切り替えて見るとなんときたなかった事か?!格段に良い最新の美しいハイビジョン映像を見てはじめてその違いを認識する。音であれば秀逸なアナログ機器、もしくは超高速サンプリングの1ビットの音声などによる次元の違う再現性など、まだあまり一般的ではないテクノロジーのもつ表現力に負う所も大きい。そういった意味でメディアやツールの選択、表現方法そのものに対する知識も重要だ。

ホンモノの良い音、美しい映像を見る事で価値観が変わる!!

また、コンピュータ技術の進歩により従来科学的に可能と言われながら中々難しかった表現手法も身近なものになってきた。たとえばどのような音でも一般化調和解析(Generalic Harmonic Analises)を行えば単一周波数の正弦波に分解出来るし、逆に正弦波を合成すれば理論的にはどのような音も作り出す事が可能だ。こういった表現手法は今やパソコン上のソフトシンセでもある程度可能である。また、昨今、ハイビットのサンプリング音源や物理モデル音源の表現力も中々のものだし、音声合成で唄を歌うソフトまで商品化されている。こういった先端技術も〔次世代の物が出てくればあっという間に時代遅れになるとは言うものの)知っておかなければならない。

どうせなら現在得られる最も進んだテクノロジーを学ぶべきだ。

録音機〔テープレコーダー〕自体はほぼ絶滅した。AMPEXもSTUDER、NAGURA、OTARI、3M、SONY、一世を風靡した各メーカーももはや何処もレコーダーを作っていない。サポートも無い。アナログであれデジタルであれテープ自体の生産も風前のともしびだ。世界中の制作現場ではPro Toolsによるハードディスクレコーディングシステムが広く普及している〔日本のNHKだけはフェアライトが多い)。アナログテープレコーダーによるリミッティングや真空管による高調波歪み等も物理モデルシュミレーションで実現出来る。著名なアウトボードのイコライザーやコンプ、リバーブもPro Tools上のPlug inと呼ばれるソフトウェアでかなり近いものが利用可能だ。これら、デファクトスタンダードは知らなければ話にならない。

望めば192KHz SF〔19万2千分の1秒毎に音を切り分けデータ化する)24bit(1つのデータを2の24乗の数値で表現)という高い解像度で32トラックまで同時に録音再生が可能、通常のCDクオリティ(44.1KHz16bit)であれば160トラックの同時録音再生が可能だ。Plug inも全部のトラックに適応可能だし1サンプル単位で波形を編集したりすべてのつまみやスイッチ操作の時間軸上の変化を記憶させたり自動化する事も可能。

こういったTOOLを使う事で従来絶対に出来なかったような高度な表現も可能になった。

しかし、過去の優秀な表現を現代の技術で見直して再構築する事も大きな価値がある。日本古来から伝承されてきた「間」や「響き」、もそうだし、電気音響が存在しなかった頃のホールやメカニカルな録音技術も研究する価値は高い。

驚くべき事は2500年前には1万4千人を収容する半円形のコンサートホール〔劇場)がギリシャで建設されていた。石造りで細かく拡散反響させ、ステージでコインを落とせば最後列でもその音がはっきり聞き取れる。また坪状のレゾネーター〔共鳴器)を各所に埋め込み不要な周波数の反響を押さえる工夫もされていた。全くの生音だけで(PA装置等一切無く)1万4千人を相手に演ずる事が出来たのだ。

人間が培ってきた音や音楽による表現の長い歴史の中で、この100年の進歩は目覚ましい。次の100年は想像もつかない。今、音響表現を学ぶ人は次世代の音響表現を作り出す覚悟で日々、学んで行くしかないだろう。次のステップはもしかしたら10年後、いや、来年かもしれない。この深遠なる音の世界、奥は限りなく深い!!

ご質問、コメントはmu-3@mu-s.comまでお願いします。