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「クラシックのオーケストラ」日本の有名な○○○交響楽団などは常に50本近いマイクを各パートに立ててマイクやHAレベルも毎回同様にセットしていると伺った。(マイクリストをそうっと見せていただいた事もある)セッティングやバラシの手間も時間もかかるが、毎回同等のバランスやクオリティを維持するには良い方法と思う。また、客席では中々味わえない(演奏者の近くに設置されたオンマイクによる)鮮明な音はファンも多いらしい。 僕もスタジオ録音の際は毎回全部の楽器にマイクを立てるがホールでの録音を依頼された場合は極力少ない数のマイクで録る事が多い。(ご指定で全部の奏者に1本づつマイクを立てる場合もある)。もちろん予算や時間の問題もあるが、自分の裁量で選べる場合は、仮に潤沢な予算があるプロジェクトであってもあまり沢山のマイクは使用しないと思う。 そうは言ってもステージ上に一点吊り等がある場合はそれも準備する。また、オーディエンスリアクションを録る為に比較的前寄りの位置にあるシーリングの吊りマイクを低めの位置まで降ろして使用する事が多い。ほとんどの場合は以上6本、最近はステージの左右一番奥に客席に向けたマイク2本を立てる事もある。主にはサラウンド用で立てはじめたのだがコイツが中々いい感じになる事も少なくないので出番が増えてきた。 沢山のマイクを立てる場合、たとえば「この部分のハープをもっとフューチャーしたい」とか、「この部分のピッコロをもっと聞きたい」みたいな場合、その楽器のマイクを距離感が変わらない程度に上げてあげれば良くなる事も多いが、「ティンパニーがでかいので下げて」とか「金管ががんばりすぎちゃってるんだけど」みたいな場合は結局どのマイクにもでっかく入ってる事がほとんどでそれぞれにマイクが立っているからと言って簡単に修正出来る訳では無い。 有名な話だが、かつてN響の常任指揮者に就任し厳しく一切妥協のない練習でN響を一流オーケストラに育てたとされるヴルヘルム・シュヒターは録音方法についても細かく要求したそうで、「音のバランスはオーケストラ自身がつくる」という信念のもと、従来のように複数のマイクロフォンを使用するのではなく、メインマイク一本のみで録音することを求めたそうだ。 オーケストラの場合、音を大きくしたい時は人数で補強するそうで、客席で見ていると、たとえばコントラバスとかは人数が10人くらいいても楽章によっては2人しか弾いてないなんて時も見かけるが、さぼってる訳ではなくテュッティの時には全員で弾いて重厚な低音を表現するって訳だ。 実際にお客さんが入るコンサートで少ないマイク収録する際のマイク配置や録音システムの例は以下の図を参照。ちなみにこのセットで9時にホール入りしてセッティングを開始、10時半からのリハーサルに間に合うようにすべてをセットする。開場は12時、開演は13時からだ。自分のマイクを吊りこんでいるとリハ時間までにセットアップするのは難しいので、ステージ内の二点吊り、指揮者後方の三点吊り、客席の一点吊りx2は開場に付帯設備使用料を払ってレンタルした。 僕のところに依頼されるクラシック録音のお仕事はほとんどがDSDのダイレクトミックスによる一発録り。大抵の場合、1ビットでSACDの倍のサンプリング速度5.8MHzで収録する。LIVE Recordingの場合、どんな事情があったにせよ「すみません録れていませんでした」って訳にはいかないので、バックアップのシステムも含めて万全の録音プランを練る。 SACDやハイレゾのダイレクト配信に載せれるプログラムはそれほど多くなくほとんどの場合結局は最終的に44.1KHz/16bitのCD盤になる。それでもDSDで録った物をPCMに変換した方が結果的に高評価をいただけるようだ。やはり非常に高い時間解像度で収録したものを44100分の1秒毎にデータ化した方が最初から44100分の1秒の解像度でサンプリングしてデータ化するよりも良いのだろう。 <マルチマイク VS ワンポイントまたは最小限のマイク> 前述したが、かつてN響の常任指揮者に就任し厳しく一切妥協のない練習でN響を一流オーケストラに育てたとされるヴルヘルム・シュヒターは録音方法についても細かく要求したそうで、「音のバランスはオーケストラ自身がつくる」という信念のもと、従来のように複数のマイクロフォンを使用するのではなく、メインマイク一本のみで録音することを求めたそうだ。 演奏を客席で聴く事を考えれば 「音のバランスはオーケストラ自身がつくる」というコンセプトは極めて理にかなっており、「原音に忠実」という録音の基本を考えればワンポイント録音に分がある事は明らかと思う。 しかし、客席で聴いた時よりも、あまつさえ指揮者の場所で聴いた時よりも良いバランスの録音は多数ある。 オーケストラのもつ大きなダイナミックレンジもその場にいさえすれば耳が(脳が)追従してピアニシモからフォルテシモまでちゃんと聴き分ける事が可能だが録音となるとメディアのもつダイナミックレンジに制約を受けたり、さまざまな事由で聴こえない音が多い事も多々ある。演奏を指揮する指揮者の場合、自分が指揮している事と目で見えている為レベルが小さくても(客席では聴こえない音が)聴こえる事さえある。ベストなポイントに置いたワンポイントマイクは決して人間の脳を超える事は無く、残念な事に最良の場合でもほぼあるがままをそのまま収録するにすぎない。そんな場合でもマルチトラックで収録していればミックスダウンという作業を通してすべてがちゃんと聴こえるように補正する事も不可能ではない。 オンマイクとオフマイクの違いは元音が発した直接音とそれが空間を伝搬していった際に付加される間接音のバランスが大きく異なる。楽器自体の音はもともとエコー(リバーブ)がかかっている事はほぼ無いが、商品になっているクラシックのレコードの場合、たっぷりとリバーブがかかっているものがほとんどだ、音の良いといわれるホールはステージ上の演奏に自動的に心地良いホールエコー(リバーブ)が付加される。ワンポイントのマイクや数の少ないマイクで全体を収録した場合は当然のように楽器の直接音よりも間接音の割合が高くなる為、楽器の細かいニュアンスや奏者の息づかいなどをハッキリ収録する事は出来ない。当然客席にいるお客さんにもそれは聴こえない。 一方マルチトラック(マルチマイク)による収録では各奏者の極めて近い位置に専用のマイクが置かれる為楽器の細かいニュアンスや奏者の息づかいなどもクリアに収録する事が可能だ。そう言った面でもある一定のファンはいる。 リバーブを付加すれば距離感も多少は調整出来る。スタジオで収録する場合は迷わずマルチトラックで収録する事がほとんどだ。 ただし、マルチトラック(マルチマイク)による収録は良い事ばかりかと言うといくつかデメリットもある。 大きなデメリットはセッティングも撤収も手間が(時間が)かかる事である。たとえば日曜日のマチネー公演で14時から本番がある場合、客入れはだいたい一時間前の13時、という事は12時か、遅くとも12時半にはリハーサルを終了して客入れの 準備にかかる。ホールは通常朝の9時にシャッターが開き入場可能。それからオーケストラの山台を組み、譜面台や指揮台を準備して10時にはオケの皆さんが入ってくる。10時半からリハーサルがスタートってのが普通だ。録音チームも9時には駐車場にスタンバイしてドアオープンと同時に搬入を始める。オケ搬入と重なるので最悪の場合は階段を手持ちで搬入って事もある。10時半のリハスタートまでにレコーディングシステムを搬入し、組み立てセッティングして三点吊りや二点吊りの位置を決め、回線をチェックする。わずか8本のマイクでも中々厳しい。オケの山台を組み、譜面台や指揮台を準備してからでないとマイクのセッティングは始められないので9時にドアオープンして順調に セッティングが進んでもマイクを立てられるのは早くて10時。その時間から30分で各セクションにマイクを立てて回線をチェックするのはほぼ不可能。 舞台上は「見切れ」の問題もありステージ上から舞台袖の録音場所まではかなりの距離がある。マルチケーブルを使用したり、10mのマイクケーブルを途中でジョイントする事もしばしば。ケーブルは重くてかさばる。素人が奇麗に巻くのも困難だ。専門家を何人も連れてくればそれなりに費用もかさむ。マイク、スタンドやケーブルの重量も容量も相当のモノだ。当然機材の総量も増え、トランポの費用も、人苦の費用も大きくなる。 もう一つの大きな問題は「見た目」。客を入れないで録音の為の録音なら良いが、お客さんを入れたコンサートのライブ録音の場合はあくまでもメインは「コンサート」、録音は二の次で、決してメインの「コンサート」の邪魔になってはイケナイ。目立つマイクが沢山立つ事を嫌う舞台監督も多い。 総括:クラシックのライブレコーディングの場合、録音が重視されていてかつ予算がある場合以外はマルチトラック(マルチマイク)による収録は中々 難しい POPSの場合だともともとPAの為に各楽器毎にマイクやDIが準備されているが、PAとステージ上のモニターで回線を二分岐している事が多く、さらに録音用に分岐する事を嫌うPA担当者も少なくない。三分岐するためトランスやスプリッタ-と呼ばれる分岐用のディバイスを使用する事が多く、デカいし重いしレンタルも安くないので金額もかさむ。 <指揮者の視点から見たマルチマイク VS ワンポイントマイク> 前項の記事を読んだ指揮者の北村憲昭先生からとても貴重なご意見をいただいたので以下に転載する。
そういえば前回先生とご一緒させていただいた録音ではメインマイクを中心に6本のマイクをダイレクトミックスした録音とは別に予備システムとして客席内をヘッドフォンを掛けながらマイクを持ってうろちょろして良さそうな場所を探り、そこに設置して回しっぱなしにしていたサブシステムの音をとても気に入っていただいた。メインのシステムよりもかなり後方、ステージから10m弱の距離でワンポイントマイクで録音したものだが、そのあたりの時間的なマッチングが良かったのかもしれない。 疑い深い僕は北村先生のご意見を元に東京オペラシティホール(ステージ間口 17.1m〜19.5m、奥行 9.0〜10.5m)にオケの配置をプロットしてみた。 まずFACTとして、大気中の音の速度は温度15度で1秒間に約340m,20度で343m。 最も標準的な楽曲はテンポ120、4/4拍子の場合だと4分音符1つは500ms(0.5秒)2/2のマーチであれば4分音符1つは1秒(1000ms)、気温が15度であれば音は1秒で340m進むので、仮に指揮者との距離が7mとすると340÷7=約50分の1秒(20ms)ズレる計算になる。 音が2つ鳴ったか1つしか鳴らなかったかの標準的なしきい値は15ms、つまりもしも15ms音がズレれば10人中9人は音が2つ鳴ったと判断出来る。もし10msとかだと半数くらいの人は音が1度しか鳴らなかったように聴こえる。 指揮者と7mの距離にある演奏者の音をオンマイクでミックスすると20ms以上のズレが生じる事になる。 なるほど。演奏者がスタジオ録音や、POPSの様なモニターシステムを使用せず指揮者の指揮どおりに演奏したとしたらマルチマイクだと慎重にDelayを付加しない限りは難しそうだ。 波形を見れば発音タイミングの時間的なズレがどのくらいあるのかは一目瞭然だが、時間差があると言う事は距離があるという事で、その時間差によって距離感、奥行きや広がりが感じられるので、ただただ発音タイミングを補正すれば解決って訳では無い。気の弱い僕はやはり小数のマイクで録り続ける事になりそうだが....。 以上の事を理解した上でたくさんのマイクを使用したい場合は「中級編」の後半に使用例を記述した。 |